始めに: Introduction

ロビンソン・クルーソー」は楽しい読み物ですが、何しろ300年くらい前に書かれた小説なので解説が必要です。 子供向けの本には図解付きのものがありますが、大人だって見たことも無いものは理解できませんから、できるだけ詳しい図解や地図を付けてみました。

 なぜ対訳か?: というと、外国映画を観るなら「吹き替え」より「字幕」の方が言葉の持つ響きが伝わるのと同じ理由で、翻訳した文章でもできれば原文と並べておく方が良いからです。 翻訳で分りにくい箇所というのは大抵誤字か誤訳であることが多く、辞書を引きながらでもいいから原文と比較してみると、その間違いに気付くだけでなく英語の勉強になるというメリットもあります。

たとえば嵐の夜に海上から砲火が閃いた時、"in about half a minute"(約半分後)に音が聞こえた―というところが、ある翻訳本では「約半ののち」(岩・文庫)となっています。(音速:340m./秒×30秒≒10km.)
 "going back about twenty paces"(20歩ほど後退して)というところでは「約20ほど引き返して」(集・文庫)―となっているものもあって、それだけでも意味がだいぶ違ってしまうだけでなく、翻訳だけで読んでいるとそれが間違いとは気付きにくいのです。

ロビンソンの丸木舟が激しい潮流に押し流されて島からどんどん離れていった時、Y氏訳では「それが30分ほどして」となり、H氏訳では「およそ半時間もたって」、H.S氏訳では「それから一時間半ぐらいたって」―となっていますが、訳文比較だけではどれが正しいのか判らないでしょう。 ちなみに原文では "in about half an hour more" ―となっています。

第9章11話に "as Father Abraham to Dives" とあるのは新約聖書ルカ伝からの引用ですが、その部分を翻訳している本のほとんどは「父アブラハムがダイヴズに向かい」―となっています。 それではユダヤ人の父祖であるエィブラハムにダイヴィズという息子がいたように思えますが、 "Dives" はラテン語訳の聖書から引用された言葉で、英語に直すと "Rich Man"(金持ちの男)になり、人の名前ではありません。
比較的新しい訳の平野氏訳では「父アブラハムが富める人にいった」、その後の増田氏訳では「父アブラハムがダイヴィス[富者]にむかって」、となっています。 このブログでは聖書を読まない人でも判るように、「(ユダヤ人の)父祖アブラハムが生前金持ちだった男に対して」―としておきましたが、「先祖」や「始祖」を指す "Father" を「父」と訳すのも、聖書と無縁な人にとっては分かりにくいものです。

翻訳に当たっては最初手元にあった文庫本を参照してみたのですが、どうも意訳してある箇所が多くてあまり参考になりませんでした。 それで調べてみると、現在日本で販売されている翻訳本は子供向けも含めると十数冊もあって、大きく分けて「原文にほぼ忠実なもの」、「冗漫でくどい部分を省いたもの」、「あらすじだけの子供向けのもの」となります。

原文に忠実なものは現代の我々には退屈で冗漫な箇所が多すぎて読みにくいし、かといって子供向けでも困りますから、このブログは少しだけ簡略化してあります。 それは途中で読むのが嫌になっては何もならないからで――といっても冗漫で重複している部分を削除するくらいで、文章の省略や変更はしていません。 ただし、明らかに前後で矛盾していると思われる数値には修正を加えておきました。 そうでないと、苦労して構築してきたリアリティ(真実味)というイリュージョン(幻想)が簡単に崩れ去って、読者を興ざめさせてしまうからです。

更にこの小説で一番面白く興味深いのは「無人島に漂着してから島を出るまで」のサバイバル(生き残り)生活で、それから先は蛇足に過ぎませんから、このブログはその部分のみを訳した抄訳となっています。 巻末に「翻訳本の比較」も載せておきますので、続きや最初の部分も読んでみたい方はそちらを参照して下さい。 
デフォーの時代は大した娯楽も無く今よりのんびりしていたので、物語を主人公の誕生から書き始めても読んでもらえたのですが、現代では無人島にたどり着く前に本を閉じてしまう読者の方が多いでしょうから、私も無駄な努力は省くことにしました。


対訳はできるだけ関係代名詞などを無視して、原文と同じ配列になるようにしてあります。 原文と対比しながら読むことを目的としているので、単語や熟語などの意味も分かるよう直訳に近い形にしておきました。 つまり一番読みにくい訳文と言えるかもしれませんが、あくまでも原文の補助ということです。 一番良いのは翻訳に頼るより原文を読むことなので、一度訳文を読んで内容が分かったら、二回目からは原文にもチャレンジしてみて下さい。

英語版の「ロビンソン・クルーソー」はインターネット上で閲覧することができます。
"Robinson Crusoe by Daniel Defoe"
(このサイトは閲覧だけでなく、無料で ファイルのダウンロードもできて、アメリカ国内であれば配布も自由ということです)

もう一つ別に N.C.Wyeth (ワイエス)の素晴らしい挿絵が付いたサイトもあります。
 "N.C.Wyeth - Robinson Crusoe"


Picture by N.C.WYETH (1920)
この "N.C.Wyeth" の挿絵は私の知る限り "Walter Paget"(ウォルター・パジェット)と並んで「ロビンソン・クルーソー」の挿絵の最高峰と言えるものですが、ヘルプによるとポストカードなどにして自由に配布しても良いとのことなので、このブログでも使用させていただきました。 素晴らしい挿絵は文章を理解する上での大きな手助けとからです。

Walter Paget 1891
W. パジェットの挿絵(1891年)など、現在では「パブリック・ドメイン」(公有)になっている古い挿絵も、本文の邪魔にならない程度に掲載しておきました。 

「ロビンソン・クルーソー」は300年もの間に世界中で翻訳されて、英語版だけでも様々な版がありますから、両者は比べてみると微妙に違います。 このブログではその両方を比較して、良いと思われる方を採らせてもらいました。 
この小説には本来「章」による区分けはありませんが、それだと読みにくいので多くの本は何章かに分けてあります。 このブログも上記ウェブ・サイトを参考に、その中の3章~18章までを訳してみました。 3章~10章までの孤独な生活を前半(2010年度分)、フライディやスペイン人など他の人物が徐々に登場してくる11章~18章までを後半(2009年度分)として、どちらも8章:100話ずつに分けてあります。 
イギリスの「ヤード・ポンド法」の単位も日本人には判りにくいものなので、「メートル法」の換算値を付記しておきました。

原作の英語では難しすぎるという方には、高校英語のレベルでも何とか読める子供向け「ロビンソン」のサイトもありますから、まずはこちらから試してみるとよいかもしれません。 挿絵付きで、全49話となっています。
→  Robinson Crusoe for Children by James Baldwin
(2010年8月30日:記) 

3章1:ブラジルを出港

これまでのあらすじ:
ブラジルで四年間農場経営をしていたロビンソン・クルーソーは、アフリカのギニア海岸で黒人奴隷を手に入れてくるといううまい話に乗せられ、アフリカ行きの船に乗り込む。ロビンソンはこの時27歳で、八年前に親の意見に背いて家出した時と同じ日であった。

Our ship was about one hundred and twenty tons burden, carried six guns and fourteen men.
我々の船はおよそ120トン積みで、6門の砲と14人の乗組員とを載せていた。
(※当時の帆船の主流はガレオン船で、積載量は100トンの小型のものから、1,000トンを越す大型船まであったので、これはかなり小型の船です) 

We had on board no large cargo of goods, except of such toys as were fit for our trade with the negroes, such as beads, bits of glass, shells, and other trifles, especially little looking-glasses, knives, scissors, hatchets, and the like.
積荷の中に大きな荷物は無く、黒人との取引にピッタリのくだらない品物ばかりで、たとえばビーズとか、ガラスのかけらとか、貝殻とか、そうしたつまらない物、特に小さな鏡や、ナイフや、ハサミや、手斧など、そうした品々であった。

The same day I went on board we set sail, standing away to the northward upon our own coast, with design to stretch over for the African coast when we came about ten or twelve degrees of northern latitude, which, it seems, was the manner of course in those days.
私が乗り込んだのと同じ日(9月1日)に船は出帆し、(港を)離れると海岸線に沿って北へ向かった、我々の計画ではアフリカの沿岸へ向かう前に、およそ北緯10度か12度の辺りまで北上してそこから針路を(東に)変えるつもりで、それが当時の普通のやり方だったようである。 (※南半球は北半球と反対で、太陽は北側にあります)


We had very good weather, only excessively hot, all the way upon our own coast, till we came to the height of Cape St. Augustino; from whence, keeping further off at sea, we lost sight of land,
天気は非常に良くて、ただかなり暑かったが、海岸に沿っている間は良好だった、(南米東端の)サン・アウグスティノ岬(現在のサン・ロケ岬と思われる)まで来ると; そこからは沖に向かい、陸地は見えなくなった、

and steered as if we were bound for the isle Fernando de Noronha, holding our course N.E. by N., and leaving those isles on the east.
どうやらフェルナンド・デ・ノローニャ島(現在も実在するとのこと)に向かうらしく、針路は北東よりやや北に向けて、やがてその島々を東に残して通り過ぎていった。


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In this course we passed the line in about twelve days' time, and were, by our last observation, in seven degrees twenty-two minutes northern latitude, when a violent tornado, or hurricane, took us quite out of our knowledge.
そのコースで我々は赤道を越えておよそ12日が経った頃に、最後に観測したところによると、北緯7度22分の辺りに来た時に、猛烈な大竜巻、というかハリケーンに襲われ、後は我々がどこにいるのかまったく分からなくなってしまった。

It began from the south-east, came about to the north-west, and then settled in the north-east; from whence it blew in such a terrible manner, that for twelve days together we could do nothing but drive, and, scudding away before it, let it carry us whither fate and the fury of the winds directed;
風は南東から吹き始め、次に(反対の)北西の風に変り、しまいには北東からの風になった;ともかくものすごい暴風に吹きまくられ、それからの12日間というものはなす術(すべ)も無く流されるまま、(帆も上げず)風に押しまくられるだけで、ただもう運命と風の怒りとが向かう方へと運ばれて行くだけであった;

and, during these twelve days, I need not say that I expected every day to be swallowed up; nor, indeed, did any in the ship expect to save their lives.
その12日間というものは、言うまでも無く毎日(海に)のみ込まれるものと思っていた;いや、まったく、船の中の誰一人として命が助かると思った者はいなかったはずだ。

3章2:二度目の嵐


In this distress we had, besides the terror of the storm, one of our men die of the calenture, and one man and the boy washed overboard.
この苦難の真っただ中にあって、嵐の恐怖に加え、乗員の一人が熱射病で死に、そしてもう一人の乗員とボーイ(給仕の少年)が甲板から波にさらわれてしまった。

About the twelfth day, the weather abating a little, the master made an observation as well as he could, and found that he was in about eleven degrees north latitude, but that he was twenty-two degrees of longitude difference west from Cape St. Augustino;
(嵐から)12日目位になると、天候は少し和らいで、船長は何とか(空を)観測ができるようになり、それによると(船は)およそ北緯11度の辺りにいるようであったが、サン・アウグスティノ岬から西に経度22度の辺りまで流されてしまったらしい; 

so that he found he was upon the coast of Guiana, or the north part of Brazil, beyond the river Amazon, toward that of the river Orinoco, commonly called the Great River;
つまり我々はギアナ沿岸付近の、ブラジル北部にあるアマゾン川よりずっと上(北)の、オリノコ川の河口付近、一般に「グレート・リヴァー」(大河)と呼ばれる辺りにいることが分かった。

and began to consult with me what course he should take, for the ship was leaky, and very much disabled, and he was going directly back to the coast of Brazil.
そこで船長は私とこれからどんなコースを取るかを相談した、船は水漏れがして、損傷もひどかったから、彼としては真っ直ぐブラジルまで引き返そうということであった。


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I was positively against that; and looking over the charts of the sea-coast of America with him, we concluded there was no inhabited country for us to have recourse to till we came within the circle of the Caribbee Islands, and therefore resolved to stand away for Barbadoes;
私はその考えには真っ向から反対した;そして彼と一緒に(南)アメリカ沿岸の海図を調べてみたのだが、我々の結論としてはこの辺りはどこも無人の地でカリブ諸島(西インド諸島)辺りまで行かなくては頼れるものが何も無いということだった、それでそこから離れて(英国領の)バルバドス島へ向かうことに決めたのである;

Walter Paget 1891

which, by keeping off at sea, to avoid the indraft of the Bay or Gulf of Mexico, we might easily perform, as we hoped, in about fifteen days' sail;
海の沖合いに出て、メキシコ湾の潮流に引き込まれないようにしていれば、比較的容易に事は進むはずで、希望としては、およそ15日ほど帆走すれば着けるはずであった;

whereas we could not possibly make our voyage to the coast of Africa without some assistance both to our ship and to ourselves.
いずれにせよアフリカ沿岸への航海を続けるには、その前に船と我々双方への修復や補給無しではとても無理な話であったのだ。

With this design we changed our course, and steered away N.W. by W., in order to reach some of our English islands, where I hoped for relief.
この計画に基づいて我々はコースを変更し、西北西に針路を向けて、英国領の島のどれかに着くつもりでいた、そこでの救済を望んだのである。

But our voyage was otherwise determined; for, being in the latitude of twelve degrees eighteen minutes, a second storm came upon us, which carried us away with the same impetuosity westward,
しかし我々の航海には別の結末が待っていた;というのも緯度が(北緯)12度18分の辺りまで来た頃に、二度目の嵐に襲われたからで、我々は(前と)同じように猛烈な勢いで遥か西の方へと押し流されてしまった、
(バルバドス島南端は北緯13度辺り)

and drove us so out of the way of all human commerce, that, had all our lives been saved as to the sea, we were rather in danger of being devoured by savages than ever returning to our own country.
そして通常の交易航路からは大きく反れてしまったので、たとえ海の危難から全員の命が救われたとしても、我々はむしろ野蛮人に貪り食われる危険の方が大きく、自分たちの国にはとても戻れそうになかったのだ。

3章3:船が座礁


In this distress, the wind still blowing very hard, one of our men early in the morning cried out, "Land!"
この危難の中で、風はまだ非常に激しく吹き荒(すさ)んでいたが、乗組員の誰かが早朝に「陸だ!」と叫び声を上げた。

and we had no sooner run out of the cabin to look out, in hopes of seeing whereabouts in the world we were, than the ship struck upon a sand, and in a moment her motion being so stopped,
我々はすぐさま船室から外を見ようと飛び出し、自分たちが世界のどの辺りにいるか確かめられると期待したのだが、その時船は砂洲の上に乗り上げてしまい、一瞬にして船はその動きを止めてしまった、

the sea broke over her in such a manner that we expected we should all have perished immediately;
そして大波が船の上から崩れ落ちてきた時には、誰もがもう死ぬしかないと思ったほどだった。

and we were immediately driven into our close quarters, to shelter us from the very foam and spray of the sea.
我々は直ちに狭い船尾へと逃げ込むしかなかった、砕け散る波のしぶきやすごい泡から非難するために。




It is not easy for any one who has not been in the like condition to describe or conceive the consternation of men in such circumstances.
それは同じような目にあった者でなければ、その描写どころか想像することすら難しいだろう、このような状況の中で人がどれくらい慌てふためいてしまうかを。

We knew nothing where we were, or upon what land it was we were driven - whether an island or the main, whether inhabited or not inhabited.
我々は今どこに来ているのか、どの地に流れ着いたのか ― ここが島なのか陸なのか、人が住んでいるのかいないのか、そうしたことが何も分からなかったのだ。

As the rage of the wind was still great, though rather less than at first, we could not so much as hope to have the ship hold many minutes without breaking into pieces, unless the winds, by a kind of miracle, should turn immediately about.
風の猛威は相変わらず凄いもので、最初の頃より幾分弱まったとはいえ、船がバラバラに壊れるまでもうしばらく時間があるだろうという、かすかな期待すらほとんど持てそうになかった、もしかして風が、一種の奇跡でも起こって、すぐに風向きを変えるのでなければ。

In a word, we sat looking upon one another, and expecting death every moment, and every man, accordingly, preparing for another world; for there was little or nothing more for us to do in this.
要するに、我々はしゃがみ込んで互いに顔を見合わせ、全ての者が今にも来そうな死を当然のごとく考え、それに応じて、あの世に行く覚悟をした;こんな状況ではするべきことなどもう何もなかったから。

That which was our present comfort, and all the comfort we had, was that, contrary to our expectation, the ship did not break yet, and that the master said the wind began to abate.
我々のわずかな慰めといえば、それも我々全ての慰めと言えるものは、我々の予想に反して、船がまだ壊れずにいるということと、そして船長の言った風の勢いが弱まり始めたという言葉だけであった。

Now, though we thought that the wind did a little abate, yet the ship having thus struck upon the sand, and sticking too fast for us to expect her getting off, we were in a dreadful condition indeed, and had nothing to do but to think of saving our lives as well as we could.
今は、風も少しは弱まったようであったが、まだ船は砂洲の上に乗り上げたままで、そしてかなり深く食い込んで船が離れる見込みもなかったので、我々はこの全く恐ろしい状況の中で、なす術(すべ)も無かったが何とかして自分たちの命だけでも助かることを考えなければならなかった。

We had a boat at our stern just before the storm, but she was first staved by dashing against the ship's rudder, and in the next place she broke away, and either sunk or was driven off to sea; so there was no hope from her.
嵐の前までは船尾にボートが一隻つないであったが、しかしボートは最初に船の舵(かじ)にぶつかって穴が開き、二度目に当たった時には壊れてしまい、やがて海に沈んだか流されて行ってしまったようで;それに期待することはできなかった。

We had another boat on board, but how to get her off into the sea was a doubtful thing.
ボートならもう一隻が積んであったが、それをどうやって海に降ろすかが問題であった。

However, there was no time to debate, for we fancied that the ship would break in pieces every minute, and some told us she was actually broken already.
しかし、議論などしている時ではなかった、船は今にもバラバラに壊れそうに思えたし、それどころか既にもう壊れていると言う者さえいたのである。

3章4:ボートで脱出


In this distress the mate of our vessel laid hold of the boat, and with the help of the rest of the men got her slung over the ship's side;
この危機的状況の中で船の航海士はボートの置いてある所へ行って、他の乗組員にも手を貸してもらいながら、船の横からボートを(海に)吊り降ろした;

and getting all into her, let go, and committed ourselves, being eleven in number, to God's mercy and the wild sea;
そして全員がボートに乗り込み、船を離れて、我々11人(※)の乗組員は自らの命を託すことになった、神の慈悲と荒れ狂う海とに;
(※14人の乗組員の内、途中で三名が亡くなっている)

for though the storm was abated considerably, yet the sea ran dreadfully high upon the shore, and might be well called DEN WILD ZEE, as the Dutch call the sea in a storm.
嵐はかなり和らいだようであったが、まだ恐ろしいほどの高波が岸に押し寄せていて、それは嵐の海をオランダ人が称して「DEN WILD ZEE」(The Wild Sea:狂乱の海)と呼ぶにふさわしい凄まじさであった。




And now our case was very dismal indeed; for we all saw plainly that the sea went so high that the boat could not live, and that we should be inevitably drowned.
今の我々の状況はまさに暗澹たるものだった;というのもこんなにも高い波の中でボートが浮かんでいられないのは目に見えており、我々は必然的に溺死する他なかったからである。

As to making sail, we had none, nor if we had could we have done anything with it; so we worked at the oar towards the land, though with heavy hearts, like men going to execution;
帆を張ろうにも、持っていなかったし、もし持っていて出来たとしても、それでどうなるものでもなかった;それで我々は岸に向かってオールを漕いだが、その時の重苦しい気分といったら、まるで処刑場へと曳かれて行く囚人のようであった。

for we all knew that when the boat came near the shore she would be dashed in a thousand pieces by the breach of the sea.
というのもボートが岸に近づいた時、砕け散る波をまともに受けたら粉々に打ち砕かれてしまうことを我々は知っていたから。

However, we committed our souls to God in the most earnest manner;
しかしながら、我々は真剣な態度で我々のたましいを神の手に委ねた;

and the wind driving us towards the shore, we hastened our destruction with our own hands, pulling as well as we could towards land.
そして風に流されて岸の方へと向かいながら、我々は自らの手で破滅へと急ぐように、陸に向かって漕いだのである。

Walter Paget 1891
What the shore was, whether rock or sand, whether steep or shoal, we knew not.
海岸がどうなっているのか、岩礁か砂地なのか、絶壁か浅瀬なのかは、全く分からなかった。

The only hope that could rationally give us the least shadow of expectation was, if we might find some bay or gulf, or the mouth of some river, where by great chance we might have run our boat in, or got under the lee of the land, and perhaps made smooth water.
唯一の望みは、といっても理論的に見て期待はごくわずかしか残されていなかったのであるが、もし小さな湾か入り江が見つかって、もしくは川の河口があれば、そこにボートを乗り入れるチャンスはある訳で、あるいは陸の風が当たらない場所に入れるなら、波も静まるだろうということだった。

But there was nothing like this appeared; but as we made nearer and nearer the shore, the land looked more frightful than the sea.
しかしそのような場所は現れず、むしろ岸に近づけば近づくほど、陸は海よりもずっと恐ろしいものに見えてきた。


After we had rowed, or rather driven about a league and a half, as we reckoned it, a raging wave, mountain-like, came rolling astern of us, and plainly bade us expect the COUP DE GRACE.
およそ1リーグ半(約7km.)も漕いだ、というよりも流された後のことだったと思うが、まるで山のように荒れ狂う大波が、ボートの船尾に襲いかかって来たが、これぞ「とどめの一撃」と言わんばかりのものであった。
(「COUP DE GRACE」:フランス語で、重傷を負って苦しむ人や動物を楽に死なせる「最後の一撃」)

It took us with such a fury, that it overset the boat at once; and separating us as well from the boat as from one another, gave us no time to say, "O God!" for we were all swallowed up in a moment.
この猛烈な一撃をくらって、ボートはたちまち転覆してしまい;我々はボートから互いにバラバラに引き離され、「おぉ、神よ!」と言う間も無く、一瞬のうちに全員が海の中にのみ込まれてしまったのである。

3章5:ボートが転覆


Nothing can describe the confusion of thought which I felt when I sank into the water;
水の中に沈んだ時の、混乱しきった私の気持ちは、とても記述できるものではなかった;

for though I swam very well, yet I could not deliver myself from the waves so as to draw breath, till that wave having driven me, or rather carried me, a vast way on towards the shore,
私は泳ぎがかなり得意だったが、息継ぎをしようにも波の上に体を浮き上がらせることが出来ず、波が私を運んで、というよりむしろ押し流して行ったのは、ずっと向こうの岸の方だった、

and having spent itself, went back, and left me upon the land almost dry, but half dead with the water I took in.
やがて(波は)その力を失くし、海へと引いて行き、私をほぼ乾いた砂洲の上に残した時には、私は海水を(かなり)飲んで半死半生の体(てい)だった。

I had so much presence of mind, as well as breath left, that seeing myself nearer the mainland than I expected, I got upon my feet, and endeavoured to make on towards the land as fast as I could before another wave should return and take me up again;
私はまだかなり冷静であり、何とか息をすることもできたし、自分が思っていたより陸地が近いことが分かったので、立ち上がると、頑張って陸に向かって進もうとした、次の大波がやって来て再び私をのみ込んでしまう前に。

but I soon found it was impossible to avoid it; for I saw the sea come after me as high as a great hill, and as furious as an enemy, which I had no means or strength to contend with:
しかしすぐにそんなことは不可能だと分かった;巨大な山のような大波が押し寄せてくるのが目に入ったが、猛り狂った敵に対して、私には何の手立ても無く、それと競えるだけの力も無かった:

my business was to hold my breath, and raise myself upon the water if I could;
私にできることと言えば息を止めることと、可能なら波の上に浮かび上がることくらいであった。

and so, by swimming, to preserve my breathing, and pilot myself towards the shore, if possible, my greatest concern now being that the sea, as it would carry me a great way towards the shore when it came on, might not carry me back again with it when it gave back towards the sea.
それで泳ぎながら呼吸を維持するようにして、できる限り自分が岸の方へ向かうようにしてみたのだが、今や私の一番の心配事は、ものすごい力で私を岸へと押し進めているこの波が、次に引き返す時にはまた沖の方へと引き戻すのではないかということだった。


The wave that came upon me again buried me at once twenty or thirty feet deep in its own body, and I could feel myself carried with a mighty force and swiftness towards the shore - a very great way;
再び襲いかかって来たその波で、私は20~30フィート(6~9メートル)の深さまでのみ込まれ、すごい力と速さで岸の方へと運ばれて行くのを感じた ― ものすごい波だった;
【in a great way : 「大規模に」、「はでに」】

but I held my breath, and assisted myself to swim still forward with all my might.
私は息を止めたまま、自分の力も使ってできる限り前の方に泳いで行こうとした。

I was ready to burst with holding my breath, when, as I felt myself rising up, so, to my immediate relief, I found my head and hands shoot out above the surface of the water;
息を止めていることが(苦しくて)我慢できなくなった時、私は体が浮き上がるのを感じ、わずかに息抜きができた、気が付いてみると私の頭と手はその時水面の上に出ていたのだ;

and though it was not two seconds of time that I could keep myself so, yet it relieved me greatly, gave me breath, and new courage.
私がそうしていられたのはほんの二秒足らずの間であったが、それでも呼吸が出来て大いに楽になり、新たな勇気を吹き込んでくれたのである。

3章6:岸まで泳ぐ


I was covered again with water a good while, but not so long but I held it out; and finding the water had spent itself, and began to return, I struck forward against the return of the waves, and felt ground again with my feet.
私はかなりの間再び波にのまれていたが、しかしできる限り持ちこたえるようにして;そして波の力が弱まって、引き始めたことを知ると、引き返す波に逆らって前の方へと泳ぎ出したのである、そして再び足が地面に着くのを感じた。


I stood still a few moments to recover breath, and till the waters went from me, and then took to my heels and ran with what strength I had further towards the shore.
私は呼吸を整えるためにしばらく立ち止まり、波が引いて行くのを見届けてから、全力を振り絞ってできるだけ岸の方へと駆け出したのだ。

But neither would this deliver me from the fury of the sea, which came pouring in after me again; and twice more I was lifted up by the waves and carried forward as before, the shore being very flat.
しかし怒り狂う海からは逃れることができず、再び押し寄せる波をかぶることになり;二度も波に持ち上げられて前の方へと押し流されて行った、その海岸は遠浅になっていたのである。


The last time of these two had well-nigh been fatal to me, for the sea having hurried me along as before, landed me, or rather dashed me, against a piece of rock, and that with such force, that it left me senseless, and indeed helpless, as to my own deliverance;
その二度目の最後の時にはあやうく死ぬところだった、前と同じように大波がすごい勢いで前方に押し寄せて、私を持ち上げ、というより放り投げ、岩礁の上に、猛烈な勢いで叩きつけたので、私は(一瞬)気を失ってしまったから、自分自身を救おうにも全く手も足も動かなかったのだ。

for the blow taking my side and breast, beat the breath as it were quite out of my body; and had it returned again immediately, I must have been strangled in the water;
私は脇腹と胸を強打して、意識が遠のき(苦しくて)息もできない状態だったから;もしまたすぐに(次の波が)戻ってきたなら、きっと水の中で窒息死していたはずである。

but I recovered a little before the return of the waves, and seeing I should be covered again with the water, I resolved to hold fast by a piece of the rock, and so to hold my breath, if possible, till the wave went back.
しかし波がまたやってくる少し前に私は何とか意識を回復し、また頭上から大波をかぶることになった時は、すばやくそばにあった岩礁の一つにしがみつき、そしてじっと息を止めたままで、可能な限り波が引いて行くまで待つことにした。

John Dawson Watson 1864

Now, as the waves were not so high as at first, being nearer land, I held my hold till the wave abated, and then fetched another run, which brought me so near the shore that the next wave, though it went over me, yet did not so swallow me up as to carry me away;
今度の波は最初のほど高くはなかったし、それに陸もかなり近かったので、波にさらわれず踏みとどまることができ、そしてもう一度思い切り駆け出した、岸近くに来てまた次の波が頭上から襲いかかり私を押し倒したが、しかし私をのみ込んでさらって行くことはできなかった。

and the next run I took, I got to the mainland, where, to my great comfort, I clambered up the cliffs of the shore and sat me down upon the grass, free from danger and quite out of the reach of the water.
その次に駆け出して、やっと陸地に着くことができた時は、本当に安心した、私は岸にある崖をよじ登り、その上にあった草地にしゃがみ込んだが、ようやく危機から脱して、波の届かないところまで逃れることができたのである。

Picture by N.C.WYETH